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『失敗』の烙印を押された売れない芸人 「名ばかりバイトリーダー」

青春の日々、気付けば過ぎ去りし朱夏

芸人「名ばかりバイトリーダー」として売れない日々を過ごして15年。

 オファーが来たテレビ局と番組のタイトルを聞いた時点で既に嫌な予感はしていた。

 だが、ぶら下がった報酬を目の前に、背に腹は代えられなかった。

 芸人を夢見て上京してから十五年がたちました。
売れない芸人である「名ばかりバイトリーダー」の松﨑はまだ何者にもなれないまま三十三歳の春を迎えていた。

 高校を卒業し、バイトしながら養成所に通い、相方とコンビを組んで毎週のように漫才やコントを作っては、事務所主催のライブでは常に下から数えたほうが早い順位で低空飛行を続け、放送作家たちからダメ出しを喰らうという生活から抜け出せず、それどころか相方が芸人に見切りをつけた相方が引退したことでコンビを解消し、芸人としてのキャリアは完全に行き詰まっていた。



芸人 名ばかりバイトリーダーの解散

 松﨑は、自分の望まぬ形でピン芸人になったとはいえ、生真面目な性格が幸いし、売れっ子の先輩芸人に呼ばれる形で、その先輩芸人が司会を務めるBSの番組のにぎやかしとしてレギュラーになったり、自分とは縁もゆかりも無い地方で放送される別の先輩のラジオのアシスタントとして呼ばれることで、いわゆる『お笑いマニア』の間では知る人ぞ知る存在になっていたが、その程度の知名度で喰っていけるほどこの世界は甘くはなく、日々の糧を得る日払いの軽作業のバイトも現場によっては自分が最年長になることが多くなった。



そんな松﨑のもとにやって来た、ドキュメンタリー番組の密着取材のオファー

 カメラは地下のライヴハウスで行われている事務所主催のライブの小さな舞台で自分でボケて自分にツッコむも、笑いが一切起きずに静まりかえる売れないピン芸人としての姿のみならず、令和の時代に今なお残る昭和な木造アパートの散らかった部屋の中で暑さに耐えながら寝っ転がる姿や、工事現場で麻袋に産業廃棄物を詰めては一箇所に集める姿、カットインする明け方の歌舞伎町でゴミを漁るカラス、無理矢理親戚の集まりに呼び出され、まだ幼い甥や姪たちの目の前で吊された挙げ句、『何か面白いことを言え』という地獄のフリを振られ、一発ギャグがスベる姿、ディレクターに『悔しいと思ったことはないんですか?』という挑発にまんまと引っかかり軽くキレる姿と、見せたくない部分を容赦なくえぐっていった。



Old Enough to Understand

 結論から言えば何人かの人から『観た』と言われたが、感想を聞くと誰もが言葉を濁し、大して仕事も増えなかった。

 なぜなら、もし自分が一視聴者として、画面の向こうで洒落にならない目に遭ったりバイトに勤しんだりする芸人のネタを別の機会で目にしたとき、たとえネタ自体が面白くても、しんどそうな姿が脳裏に浮かぶことで素直に笑えるのかという根本的な疑問に気付いてしまったからだ。

 芸人を名乗る以上、面白い部分以外は一切出してはいけないことそして、『売れる』の反対は『売れない』ではなく、『興味が無い』あるいは『無視』であることを松﨑は芸歴十五年目、齢三十三歳にしてようやく知るとともに、自らの手で芸人としての人生に致命傷を負わせてしまったことに気付き、このオファーを受けたことを強く後悔したのだった。

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